博多湾の奥に静かに広がる福岡港について、地元の人でも「港でなにをしてるんだろう」と、案外知らない人が多いのです。実は、この港がなければ私たちの食卓も、街の賑わいも、九州経済そのものも成り立たないのです。古代の金印から現代のコンテナ船まで、福岡港は常に「外とつながる窓」であり続けてきました。今回は、その知られざる役割を、歴史的な背景と現代の機能の両面から見ていこうと思います。
古代から現代まで―福岡港が担ってきた「ゲートウェイ」の使命
福岡港の歴史をたどると、その始まりは驚くほど古いのです。西暦57年、「漢委奴国王」の金印が後漢の皇帝から贈られたという記録が残っています。要するに2000年近く前から、この地は大陸との交流拠点だったわけです。奈良時代には「鴻臚館」という迎賓館が置かれ、遣唐使が出航する港として機能していました。
平安末期には平清盛が人工港「袖の湊」を整備し、日宋貿易の拠点とし、鎌倉時代には栄西禅師が中国から茶や禅の文化を持ち帰り、室町時代には勘合貿易で栄えました。豆腐、うどん、饅頭、博多織など、私たちが「日本文化」だと思っているものの多くが、この港経由で入ってきたものなのです。このことを、知らなかった方も多いのではないでしょうか。
ちなみに、江戸時代に一度活気を失ったのは鎖国政策の影響なのですが、それでも完全に閉ざされたわけではなかったのです。対馬藩を通じた朝鮮との交易は続いていました。
明治32年に正式な開港場として再スタートして以来、福岡市だけではなく九州全体の「海の玄関口」として、人と物を運び続けています。歴史を知ると、この港がいかに日本文化の形成に深く関わってきたかが見えてきます。
物流の要として―九州経済を支える「静かな巨人」
現代の福岡港を語る上で欠かせないのが、物流機能です。2023年のコンテナ取扱量は約89万TEUです。ピンとこないかもしれませんが、これは20フィートコンテナ換算で約89万個分になります。私たちの生活に必要な食品、衣料品、日用品、建築資材、自動車部品など、こうしたモノの大半が、この港を経由して九州各地に届けられていました。
特に注目すべきは、九州全体のコンテナ貨物の約52%を福岡港が取り扱っているという事実です。簡単に言うと、九州の物流の「半分」がこの港を通っているわけです。福岡市の経済活動や雇用の約3割が港湾関連という数字も、その重要性を物語っています。
アイランドシティには最新鋭のコンテナターミナルがあり、荷役機械は完全電動化されています。世界最大級の14万トンクラスのコンテナ船も入港できます。
あと、ヨーロッパと直結する欧州航路が日本で唯一ここに寄港しているというのも、福岡港の優位性を示しています。東日本大震災後は被災地向けの建材輸入が急増し、物流拠点としての柔軟性も証明されました。災害の少ない地理的条件も、企業にとっては大きな安心材料になっているようです。
人流の拠点として―アジアと日本をつなぐ「顔」
物流だけではありません。福岡港は「人の流れ」でも日本一なのです。国際乗降客数は18年連続で日本一を記録しています。特に韓国・釜山との間には高速船やフェリーが毎日運航しており、ソウルから福岡経由で九州新幹線に乗り継いで鹿児島までのルートも可能になっています。
2019年には外国からの入国者が76万人を突破しました。その約6割が韓国から、約15%が中国からという状況でした。クルーズ船の寄港回数も年々増加し、一時期は中国からの大型クルーズ船が月に何度も訪れていました。1回の寄港で2000人以上の観光客が降り立ち、天神や博多駅周辺で買い物を楽しむなど、その経済効果は年間27億円にも上ると言われています。
コロナ禍で一時は激減しましたが、最近は徐々に回復傾向にあります。博多港国際ターミナルには多言語表記や免税店も整備され、「海外からのお客様を迎える顔」として洗練されてきました。
博多ポートタワーって行ったことありますか? 地上70メートルの展望室から360度のパノラマが楽しめて、しかも入場無料なのです。港の役割を学べる「博多港ベイサイドミュージアム」も併設されていて、案外穴場スポットなのです。
これからの港づくり―環境配慮と競争力の両立
ここ数年、福岡港が力を入れているのが環境対策です。アイランドシティと香椎パークポートのコンテナターミナルでは、荷役機械の完全電動化やハイブリッド化を他港に先駆けて実施しました。2013年には国際港湾協会の「港湾環境賞金賞」を日本で初めて受賞しました。
福岡市は2040年度の温室効果ガス排出実質ゼロを目指していて、港湾においても「カーボンニュートラルポート」の実現に向けた取り組みが進んでいます。
たとえばロサンゼルス港では船舶の停泊中に陸上から電力を供給する設備が導入されていますが、福岡港でも今後そうした先進技術の導入が検討されているようです。
それから物流面でも進化は続いています。「博多港物流ITシステム(HiTS)」では、コンテナの到着日時や受け取り可否をスマホでチェックでき、ターミナル周辺の混雑も解消されました。トラック輸送から海上・鉄道輸送へのモーダルシフトも推進されており、環境負荷の低減と効率化が両立されています。
「選ばれる港」になるためには、コストやサービスだけではなく、環境への配慮も大事な時代です。福岡港はその点でも先を見据えた動きをしているのです。おそらく、これからの国際競争ではこういう「質」が差別化ポイントになっていくのでしょう。
市民にとっての福岡港―もっと身近な存在へ
福岡港の役割がこれだけ重要なのに、案外知られていない気がします。普段の生活で港を意識することが、ほとんどないのですが、私たちの暮らしは確実にこの港に支えられているのです。
福岡市では「博多港見学会」という取り組みもあって、市民ボランティアの「ポートガイド」が港の役割を案内してくれます。船で博多湾を一周しながらコンテナターミナルを見学できるコースもあり、小学生の社会科見学から大人のサークルまで幅広く利用されているそうです。
港って、単なる「物を運ぶ場所」ではないのです。そこには人がいて、技術があって、歴史があって、未来があります。
2000年前の金印から最新のコンテナターミナルまで、時代は変わっても「外の世界とつながる窓」としての役割は変わっていません。ウォーターフロント地区の再整備も進んでいて、海辺を活かした憩いの空間づくりも計画されています。今後は市民がもっと気軽に港に触れられるような、「開かれた港」になっていくでしょう。港の未来は、福岡市の未来そのものだと思います。
福岡港は「つなぐ力」で未来を拓く
福岡港は古代から現代まで、一貫して「外とつなぐ窓」であり続けてきました。物流では九州全体の半分以上を担い、人流では日本一の国際乗降客数を誇ります。しかも環境配慮でも先進的な取り組みを進め、「選ばれる港」を目指しているのです。私たちの生活を静かに支えるこの港の存在を、もう少し意識してみてもいいかもしれません。歴史を知り、現在の役割を理解することで、福岡という街の奥行きがもっと見えてくるはずです。あなたも一度、博多ポートタワーから港を眺めてみませんか?

