博多ラーメンと聞いて思い浮かべるのは、やっぱりあの白濁した豚骨スープですよね。ただ実は、最初からあの濃厚なスープだったわけじゃないんです。むしろ透明に近いスープから始まって、偶然の失敗や試行錯誤を重ねて今の形になった。そう考えると、なんだか愛おしくなりませんか。今回は博多ラーメンがどうやって生まれて、どう進化してきたのか、その歴史を追ってみたいと思います。
始まりは久留米―透明スープからの出発
博多ラーメンの歴史を語る上で避けて通れないのが、実は久留米市なんです。1937年、南京千両という屋台でうどん屋を営んでいた宮本時男さんが、横浜の中華街で流行っていた支那そばと、長崎ちゃんぽんのスープをヒントに豚骨ラーメンを開発したと言われています。ただ、この時のスープはまだ透明感があって、今の博多ラーメンとはちょっと違うんですよね。
それから運命の1947年。久留米の屋台「三九」で、店主が火を消し忘れて外出してしまったんです。任されていた母親もうっかり強火で炊き続けてしまった結果、スープが乳化して真っ白に。当時は「しまった」と思ったはずですが、味見してみたら驚くほど深いコクが出ていました。この偶然が、白濁豚骨スープの始まりだったわけです。
人間の歴史って、こういう偶然が面白いですよね。失敗から生まれた味が、今や世界中で愛されているんですから。ちなみに当時の豚は、今のようなトウモロコシ主体の飼料じゃなくて、残飯とか食品廃棄物を食べていたらしいです。だから豚骨臭もかなり強烈だったとか。正直、これは意外でした。
博多での独自進化―平打ち麺から細麺へ
一方、福岡市内、つまり博多では少し違った流れがありました。1940年頃に創業した屋台「三馬路」が博多初のラーメン屋台と言われていますが、こちらも最初は透明に近い豚骨スープに平打ち麺という組み合わせ。中華そばに近い感じだったようです。
戦後の1946年になると、山平進さんと津田茂さんという二人がそれぞれ豚骨ラーメンを考案します。進さんは平打ち麺を作り、茂さんは中国の奉天で食べた白濁スープを再現しようと試行錯誤。このコンビネーションが「博龍軒」と「赤のれん」という店に受け継がれていきました。
興味深いのは、この時期の博多ラーメンには醤油がしっかり効いていたこと。今のイメージとはちょっと違いますよね。
それから1952年、長浜に魚市場が移転したことで、また新しい展開が生まれます。「元祖長浜屋」という屋台が、せっかちな市場の人たちに素早くラーメンを提供するため、茹で時間の短い極細麺を採用したんです。細い麺は伸びやすい。だから、量を少なめにして「替え玉」というシステムを考案しました。これが長浜ラーメンのスタイルとして定着していきます。
「博多ラーメン」と呼ばれるようになるまで
正直、意外だったのは「博多ラーメン」という呼び方が定着したのが比較的最近だということ。1977年まで、福岡のラーメンはただの「ラーメン」か「中華そば」、あるいは地域ごとに「長浜ラーメン」と呼ばれていた程度でした。
転機となったのが、西新の「博多ラーメンしばらく」の現二代目女将、外村留美さんが「博多ラーメン」という名称を考案したこと。当時は長浜に店舗がない店まで「長浜ラーメン」を名乗ることに疑問を感じて、「福岡のラーメンなんだから博多ラーメンでいいじゃないか」と考えたそうです。そこから徐々に「博多ラーメン」を名乗る店が増えていき、やがて福岡の豚骨ラーメン全体を指す言葉として定着しました。
あと、この「しばらく」の創業者である外村泰徳さんは、昭和33年にすりごまをラーメンに入れることも考案しています。当時の豚骨臭を和らげるための工夫だったんですね。キクラゲも、実は高騰していた海苔の代用品として使われ始めたとか。こんな経験、ありませんか？予算の都合で始めた工夫が、後々その店の看板になってしまうこと。実用的な必要性が今の博多ラーメンを形作っているわけです。
全国区へ、そして世界へ
博多ラーメンが全国的に知られるようになったのは、1980年代から平成にかけてのことです。1979年にハウス食品が「うまかっちゃん」を発売したのも大きかったでしょうし、1984年に東京へ進出した「なんでんかんでん」や「ふくちゃん」の影響も計り知れません。関東では一大豚骨ラーメンブームが起きて、博多ラーメンは札幌味噌ラーメン以来の衝撃だったと言われています。
1990年代に入ると「一風堂」や「一蘭」といった店が登場し、チェーン展開しながらも個性を失わないスタイルで若い世代の心を掴みました。一蘭の半個室スタイルなんて、初めて見たときは驚きましたよね。「ラーメンを一人で集中して食べる」という新しい価値観を提示したわけです。
2000年代以降は海外進出も加速。ニューヨーク、台湾、南米まで、世界中に博多ラーメンの店が広がっています。海外では今でも「ラーメン=豚骨ラーメン」というイメージが強いそうで、博多ラーメンが日本のラーメン文化を代表する存在になっているのは間違いありません。あまり知られていませんが、福岡市内では今でも店ごとにスープの濃度や麺の太さが微妙に違うんです。長浜系のあっさり豚骨もあれば、久留米寄りの濃厚系もある。明確な定義がないからこそ、それぞれの店が独自の進化を続けられるんでしょうね。
偶然と工夫が生んだ博多の味
博多ラーメンの歴史を辿ると、火の消し忘れという失敗から生まれた白濁スープ、市場の忙しさから生まれた細麺と替え玉、豚骨臭を和らげるためのすりごまやキクラゲなど、偶然や必要性から生まれた工夫の積み重ねだったことが分かります。完璧に計画されて生まれたわけじゃない。だからこそ、人間味があって愛おしいんですよね。今では世界中で食べられる博多ラーメンですが、その根っこには福岡の人々の生活と試行錯誤の歴史がある。次に博多ラーメンを食べるときは、そんな背景にも思いを馳せてみてはどうでしょうか。きっといつもより美味しく感じると思います。
