門司港レトロの「レトロ」の意味とは?懐かしさと新しさが交差する理由

歩く福岡

「門司港レトロ」という名前を耳にしたことがありますか?福岡県北九州市にある「観光スポット」なのですが、年間200万人以上訪れる人気エリアなのです。この「レトロ」とは、具体的に何を指しているのか、気になりませんか?単なる古い街並みとは異なり、この名前に込められた特別な意味があるのです。それは、明治から昭和初期にかけて、国際貿易港として栄えた門司港の歴史と深く結びついているのです。今回は、その「レトロ」という言葉の背景を掘り下げながら、門司港の魅力に迫っていきます。

「レトロ」という名前に込められた想い

門司港レトロの「レトロ」は、英語の「RETROSPECTIVE(懐古的)」を略した言葉です。直訳すると「後ろを見る」という意味になります。

ただ、単に「古いものを残そう」という発想ではなかったのです。実は1995年のグランドオープンに至るまで、地域の人たちは悩んでいました。明治時代に建てられた歴史的建造物が残っているものの、港としての機能が衰退し、街全体が寂れていく一方だったからです。

「このまま朽ちていくのを見ているしかないのか?」そんな危機感から生まれたのが、古い建物と新しい都市機能を融合させた「門司港レトロ」というコンセプトでした。

過去を懐かしむだけではなく、その価値を現代に活かすための発想の転換が、門司港を年間200万人以上が訪れる観光地へと変貌させたのです。ちなみに、1988年から整備が始まって、約7年かけて街づくりが進められたのですが、単なる保存ではなく「活用」を目指したところが、他の歴史的地区とは異なるポイントなのかもしれません。

「一丁ロンドン」と呼ばれた華やかな時代

門司港が開港したのは明治22年(1889年)ですが、当時の日本は近代化の真っ只中で、門司港は大陸貿易の玄関口として急速に発展していきました。

最盛期には、なんと月200隻近い外航客船が入港していたそうです。関門海峡に大きな船がひっきりなしに行き交う光景が想像できますか?貿易商社や銀行が次々と支店を出し、地価は暴騰しました。当時の門司港は神戸、横浜と並ぶ「日本三大港」の一つに数えられ、「一丁ロンドン」という愛称で呼ばれるほど華やかな街だったのです。

料亭や花街も賑わい、芸妓さんは200人以上いたそうです。しかも高松宮殿下が定宿にしていた旅館もあったとのことで、その格式の高さが伝わってきます。

ところが、終戦とともに状況は一変します。大陸貿易の縮小、石炭輸出の減少により、門司港は急速に衰退していきました。かつての栄華は影を潜め、歴史的建造物だけが取り残されたような状態になってしまったのです。

この落差は、地域の人たちにとって辛いものだったでしょう。その「負の遺産」とも思えた古い建物こそが、後に門司港を蘇らせる最大の資産になるとは、当時誰が想像したでしょうか。

懐かしくて新しい、レトロな建物が織りなす街並み

門司港レトロ地区を歩くと、明治から大正、昭和初期にかけての建築物がそこかしこに残っていることに気が付きます。

たとえば、1914年築のJR門司港駅は、ルネッサンス様式の木造建築で、国の重要文化財にも指定されている駅舎ですが、電車を降りた瞬間、タイムスリップしたような感覚になります。旧門司三井倶楽部は1921年築で、アインシュタイン博士が宿泊した部屋が当時のまま再現されているので、「あの天才物理学者もこの景色を見たのか」などと想像すると、なにやら感慨深いものがわいてきます。

旧門司税関は1912年築の赤煉瓦造りで、関門海峡沿いに建つ姿は、まさに絵になる美しさです。1階にはカフェもあって、歴史を感じながらコーヒーを楽しめるなんて贅沢な感じです。

また、門司港レトロがすごいのは、古い建物だけではないのです。1998年築のプレミアホテル門司港、1999年築の門司港レトロハイマート(高層マンション)など、新しい建物もレトロな雰囲気に調和するよう設計されています。高層マンションが景観を壊すという議論もあったそうですが、黒川紀章氏の設計により、むしろ街のシンボルになっているのです。

古いものと新しいものが共存することこそが、「門司港レトロ」の真髄かもしれません。単なる博物館的保存ではなく、人が住み、働き、楽しむ「生きた街」として機能しているところが魅力なのです。

人気観光地として生まれ変わるまで

門司港レトロが今のような人気観光地になるまで、かなりの試行錯誤があったようです。1995年のグランドオープン後、順調に観光客数を伸ばし、2003年には255万人を記録しました。これは対岸の下関市・巌流島がNHK大河ドラマ「武蔵 MUSASHI」の舞台になった影響も大きかったのですが、翌年は反動で減少してしまいます。

そこで地域が力を入れたのが「焼きカレー」というご当地グルメの開発と、イベントの充実です。門司港発祥の焼きカレーは、今では23軒もの店舗で提供され、門司港名物として定着しました。カレーの上にチーズをのせて焼くだけなのに、なぜか無性に食べたくなる不思議な魅力があります。

それと、12月から3月の「門司港レトロ・イルミネーション」、5月の「門司海峡フェスタ」、8月13日の「関門海峡花火大会」など、年間を通じたイベントを企画しています。季節ごとに訪れる理由を作ることで、リピーターを増やす戦略なのです。

そして2025年、門司港レトロはグランドオープンから30周年を迎えました。「海峡を楽しむまち」をテーマに、「まちのエンタメ化」を掲げて新たな進化を遂げようとしています。レトロという言葉は「後ろを見る」という意味ですが、門司港は常に前を向いて変化し続けているのです。この姿勢こそが、30年間愛され続ける秘訣なのかもしれません。

関門海峡を含めた広域観光の魅力

門司港レトロの面白いところは、単体で完結しない点です。関門海峡を挟んだ対岸の山口県下関市とセットで楽しめる、という地理的優位性があるのです。

門司港と下関の唐戸は、関門汽船でわずか5分ですが、徒歩でも「関門トンネル人道」を通れば関門海峡の海底を歩いて渡れます。自転車も通行可能なので、レンタサイクルで両岸を巡るのも人気です。1日800円からレンタルできるので、気軽にサイクリングを楽しめます。

下関側には「海響館」という水族館や、巌流島、唐戸市場などの観光スポットがあります。門司港でレトロな街並みを楽しんだ後、船で5分移動して下関でふぐを食べる、などというコースも最高なのです。

2025年からは「デジタル版 関門海峡クローバーきっぷ」というデジタル乗車券も登場しました。観光列車「潮風号」、バス、汽船を乗り継いで海峡を一周できるのです。「RYDE PASS」アプリで購入できるので、紙のきっぷを買う手間も省けて便利です。

また、「潮風号」もユニークな観光列車で、かつて貨物線だった臨港線を活用し、九州鉄道記念館駅から関門海峡めかり駅まで約2.1kmを走ります。小型ディーゼル機関車がトロッコ客車を牽引する姿は、レトロ感たっぷりです。海風を感じながらのトロッコ列車など、一度乗ったら忘れられない体験になるはずです。この路線は元々貨物専用でいましたが、観光資源として生まれ変わった好例なのです。

門司港レトロは、単なる「点」の観光地ではなく、関門海峡エリア全体を楽しむ「面」の観光拠点なのです。だからこそ、何度訪れても新しい発見があります。それが門司港レトロの魅力なのかもしれません。

「レトロ」に込められた想いと未来への視線

門司港レトロの「レトロ」は、ただの懐古趣味ではありません。明治から昭和初期の栄華を偲びながら、その歴史的資産を現代に活かすという、前向きな想いが込められているのです。

衰退していく港町を何とかしたいという地域の人たちの情熱が、今の門司港を作り上げました。古い建物を単に保存するのではなく、新しい建物と融合させ、人が集い楽しむ「生きた街」として機能させるという発想の転換が、年間200万人以上を惹きつける観光地を生み出したのです。

30周年を迎えた今、門司港レトロはさらなる変化を目指しています。「海峡を楽しむまち」として、エンターテインメント性を高めながら、訪れるたびに新しい発見がある街へと進化しています。レトロという言葉は「後ろを見る」という意味ですが、門司港はいつも未来を見据えています。この姿勢こそが、門司港レトロが長く愛され続ける理由なのかもしれません。あなたも一度、この「懐かしくて新しい」街を訪れてみてはいかがでしょうか?

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