福岡グルメとして全国的に知られる「鉄鍋餃子」。博多の屋台や中洲の繁華街で人気のこの料理、実は発祥地が北九州市だと知っていましたか?しかも誕生の背景には、製鉄の街ならではのストーリーがあるんです。今回は、この熱々の餃子がどこで生まれ、どう広がっていったのか。元祖のお店や、発祥をめぐる福岡市と北九州市の「論争」まで、ちょっと意外な真実を探ってみました。
鉄鍋餃子の元祖は北九州市・八幡にあった
結論から言うと、鉄鍋餃子発祥のお店は北九州市八幡西区にある「本店鉄なべ」です。昭和33年(1958年)、折尾駅前で創業したこのお店が、鉄の鍋で餃子を提供するスタイルを生み出しました。
当時の店主・宇久温子さんが考案したこの提供方法、実は銀座の喫茶店で見たスパゲッティナポリタンがヒントだったそうです。鉄の皿で出されるナポリタンを見て「熱々のまま料理を提供できる」というアイデアを餃子に応用したんですね。
鍋は京都の鋳物店に特注した直径18センチのもの。製鉄の町・八幡だから地元で作ったのかと思いきや、京都製だったというのが面白いところです。私も最初は「鉄鍋餃子=博多」というイメージが強くて、北九州発祥と知ったときは本当に驚きました。とはいえ、官営八幡製鐵所のある「鉄の街」で鉄鍋を使った料理が生まれたというのは、ある意味必然だったのかもしれません。
八幡には4つの系統の餃子文化がある
北九州市八幡地区には「八幡ぎょうざ協議会」という組織があって、地域の餃子文化を盛り上げています。面白いのは、八幡の餃子が大きく4つの系統に分類されていることです。
1つ目が「鉄なべ系餃子」。これが今回のテーマです。2つ目は「中国本土系餃子」。肉厚でジューシーな水餃子タイプですね。3つ目は「ラーメン系餃子」で、豚骨スープで焼き上げるという独特のスタイル。そして4つ目が「お母さん系餃子」。家庭独自の味付けで野菜たっぷりという、どこか懐かしい味わいです。
官営八幡製鐵所で働く労働者たちが、安くてスタミナがつく餃子を好んで食べていたことが、この餃子文化の土台になったと言われています。戦後の物資が乏しい時代、少ない食材で栄養満点の料理を作れる餃子は、働く人々の強い味方でした。小倉駅前での調査では、179人が「官営八幡製鐵所があったから餃子文化が発展した」と回答しています。街の歴史と食文化がここまで密接に結びついているのも珍しいのではないでしょうか。
なぜ「博多発祥」だと思われているのか?
では、なぜ多くの人が鉄鍋餃子を博多のものだと思っているんでしょう。
これには明確な理由があります。「本店鉄なべ」で働いていた姉妹が、後に福岡市内の屋台や中洲で鉄鍋餃子を提供し始めたんです。福岡市は北九州市よりも人口が多く、繁華街の規模も大きい。当然メディアの取材も集中しました。
珍しい提供スタイルが話題を呼んで、テレビや雑誌で取り上げられるうちに「博多名物」として認知されていったわけです。福岡出身の芸能人がテレビで「地元の鉄鍋餃子」として紹介することも、このイメージを強化しました。
博多駅前で235人に調査したところ、157人が「飲食店が多いから福岡市発祥だと思う」と回答したというデータもあります。確かに天神や中洲を歩けば、鉄鍋餃子の看板をあちこちで見かけます。ちなみに、北九州の人たちは「うちが元祖なのに」という思いを持っている方も多いようです。地元の誇りというか、複雑な心境かもしれません。
元祖「本店鉄なべ」はこんな味
現在、「本店鉄なべ」は2代目の宇久知弘さんが切り盛りしています。場所は折尾から移転して、JR黒崎駅から徒歩3分ほどのところです。
特徴は、何と言ってもその提供スタイルです。焼きたての餃子が、ジュウジュウと音を立てる鉄鍋のまま目の前に登場します。カウンターには鉄板が埋め込まれていて、そこが鍋敷き代わりです。熱々の鍋を直接置けるようになっているんです。
餃子自体は小ぶりで薄く平べったい形。一口でペロッと食べられるサイズ感です。肉より野菜の甘さが前面に出ていて、ニンニクが入っていないためかなりあっさり系です。ラードも使っていないので、肉汁溢れるジューシーな餃子を期待すると、ちょっと物足りなく感じる人もいるかもしれません。
ただ、このパリッとした食感こそが鉄鍋餃子の真骨頂です。鉄鍋で焼くことで余分な水分が飛び、皮の部分がカリカリに仕上がります。そして何より、最後まで熱々で食べられるのが最高なんです。ビールとの相性は言うまでもなく抜群です。店内では、おばちゃんたちが背中を向けて黙々と餃子を包み続けています。これがこの店のスタイル。接客を期待して行くと面食らうかもしれませんが、職人気質の仕事ぶりを眺めるのも悪くありません。
「博多祇園鉄なべ」など、福岡市内の名店も
北九州から福岡市へ広がった鉄鍋餃子。現在は博多や中洲にも多くの名店があります。
食べログで高評価を得ている「博多祇園鉄なべ」は、祇園駅から徒歩3分です。全国鉄鍋餃子発祥の流れを汲むお店として知られています。こちらも熱々の鉄鍋で提供され、小ぶりの餃子が10個580円という良心的な価格設定です。口コミでは「焼きたてでパンチのある」「最後まで熱々で食べられる」と評判です。
興味深いのは、店内撮影が禁止されていること。著名人の写真が多数飾られているためだそうです。持ち帰りは2人前以上からという決まりもあって、独自のルールを持つ老舗の風格を感じます。福岡市内には「小倉発祥」を謳う店もあるんです。厳密に言えば八幡発祥なんですが、北九州市という括りで「小倉」と表現しているのかもしれません。このあたりの表記のブレも、発祥地論争を少し複雑にしている一因でしょう。
実は北九州は餃子だけじゃない、グルメの宝庫
せっかくなので、北九州の他のグルメにも触れておきましょう。
小倉が発祥とされる「焼うどん」。戦後、鳥町食道街の「だるま堂」で焼きそば用の麺がなくなり、代わりにゆでうどんを使ったのが始まりと言われています。モチモチ食感が好評で、現在は「小倉焼うどん研究所」が結成され、キャベツは若松産を使うなどの細かいルールのもとで提供されているんです。
それから門司港の「焼きカレー」。明治から昭和初期、国際貿易港として栄えた門司港には多くの洋食店が並んでいました。ある喫茶店で余ったカレーをオーブンで焼いたところ美味しく仕上がったのが起源だと言われています。今ではホテルのレストランから町の食堂まで、様々な店が独自のアレンジを競っています。
3つの海に囲まれた北九州は、実は知る人ぞ知る海鮮天国でもあります。関門海峡で獲れる魚は格別で、独自の寿司文化も発展しているんです。
正直、福岡というと博多ラーメンや明太子のイメージが強すぎて、北九州のグルメは影が薄いかもしれません。とはいえそれは逆に言えば、まだ知られていない魅力がたくさん残っているということです。鉄鍋餃子だけでなく、B級グルメから海鮮まで楽しめる、奥深いグルメエリアなんです。餃子をきっかけに、北九州の食文化をもっと多くの人に知ってもらいたいと思います。
発祥の地を訪ねる旅、してみませんか?
鉄鍋餃子は北九州市八幡の「本店鉄なべ」が元祖。昭和33年創業のこのお店から始まったスタイルが、福岡市内へと広がり、いつしか「博多名物」として全国に知られるようになりました。発祥地をめぐる「論争」というほどでもないですが、地元の人たちの思いを知ると、また違った味わいが生まれるかもしれません。北九州には餃子以外にも焼うどんや焼きカレー、新鮮な海鮮など、魅力的なグルメがたくさんあります。次の福岡旅行では、博多だけでなく北九州まで足を伸ばして、元祖の味を確かめてみてはいかがでしょう。歴史を知って食べる餃子は、きっといつもより美味しく感じられるはずです。

