「筑豊弁って怖いイメージがある」「ラムちゃんみたいで可愛い」。福岡県の筑豊地方の方言について、こんな正反対の声を聞くことがあります。実は筑豊弁と一口に言っても、飯塚、田川、直方の3地域で微妙に異なるのです。語尾に「〜ちゃ」「〜き」「〜ばい」がつく独特の響きです。博多弁とも北九州弁とも違う、この地域ならではの言葉の世界を覗いてみませんか?
筑豊弁って一体どんな方言なの?
筑豊弁は福岡県の筑豊地方で使われる方言です。「筑豊弁」とひとくくりにされがちですが、実は地域によってけっこう異なります。
大きく分けると、飯塚・嘉麻周辺の「飯塚弁」、田川市周辺の「田川弁」、直方・鞍手周辺の「直方弁」の3つに分類できます。田川弁は旧豊前国に属していた影響で、他の2つとは若干違う言葉を使ったりするようです。たとえば「好きだよ」を表す「よか」という表現、田川では使いません。
面白いのは、アクセント自体は福岡県内で最も標準語に近いと言われている点です。イントネーションも比較的聞き取りやすいので、方言の意味さえ分かれば、県外の人でも案外理解しやすいかもしれません。
とはいえ、語彙は独特です。「なんかかる」(寄りかかる)とか「おらぶ」(叫ぶ)とか、初めて聞いたら「?」となります。私が初めて「スイ針刺さった!」という言葉を聞いた時、何のことか全く分かりませんでした。棘(とげ)のことなのですが、地域によって本当に言葉は違うものです。
「〜ちゃ」「〜き」語尾の使い分けが奥深い
筑豊弁の特徴と言えば、やっぱり語尾です。「〜ちゃ」「〜き」「〜ばい」、この3つが特に代表的です。
「〜ちゃ」は強調の意味で使われることが多く、「田川弁でしゃべれっち言われても急には出らんっちゃ!」みたいな感じです。うる星やつらのラムちゃん語に似ているって言われて、確かにそうかもと思います。可愛いって言われることもあれば、怒った口調だと逆に怖く聞こえるという両面性があるようです。
「〜き」は理由を表す接続助詞で、「分からんき、教えて」(分からないから教えて)という使い方をします。博多弁の「けん」、北九州弁の「け」に相当する言葉です。これは飯塚でも田川でも使われる共通表現なのです。
「〜ばい」は肯定文でよく使われます。「好きっちゃけど」より「好きやき」「好きばい」のほうが自然に聞こえます。告白で「好きだっちゃ」とは言わないですね、ちょっと恥ずかしい感覚です。その他「〜やき」も頻出で、「遠くから来たんやき」(遠くから来たから)という風に使います。理由を述べる時の定番表現です。
博多弁・北九州弁との違いはどこにある?
同じ福岡県でも、博多弁・北九州弁・筑豊弁はかなり違います。語尾や使う単語が変わるので、出身地がすぐ分かってしまうほどなのです。
博多弁は「〜と?」「〜けん」「〜たい」「〜ろうもん」という語尾が特徴的です。「なんしようと?」(何してるの?)というフレーズは博多弁の代表格です。柔らかくて可愛い印象があって、全国的にも人気が高い方言です。
北九州弁は「〜ちゃ」「〜ち」という語尾を使う点が筑豊弁と似ていますが、疑問文が「〜ん?」になるのが大きな違いです。博多弁の「何しようと?」が北九州弁だと「何しよん?」になります。しかもアクセントも豊日方言(大分方面)の影響を受けているので、筑豊弁とは微妙に響きが違います。
筑豊弁はというと、飯塚方面は博多弁寄り、田川や直方は北九州弁寄りと言われています。ただ独自の語彙も多くて、「〜き」という接続助詞は筑豊弁ならではの特徴があります。「分からんき教えて」という表現、他の地域ではあまり聞きません。
筑豊地方は昔、炭鉱で栄えて全国から労働者が集まった歴史があります。だから色々な地域の言葉が混ざりあって、今の筑豊弁が形成されたとも言われています。方言は、その土地の歴史そのものなのです。
意外と知らない?難解な筑豊弁ワード集
筑豊弁には、初めて聞いたら絶対に意味が分からない言葉がたくさんあります。いくつかピックアップしてみます。
「ぎょうらしい」は「大げさ・騒々しい」という意味です。「仰々しい」が転じたのかもしれませんが、確証はありません。「ぎょうらしいことばっかし言うね、こん子は」なんて使い方をします。
「おらぶ」は「叫ぶ・大声で呼ぶ」ことです。「ご飯よぉち、お母さんが下からおらんだ」みたいに使います。実は万葉集の時代からある古語らしいのですが、私も知りませんでした。
「のうならかす」は「なくす」の意味です。「いっつものうならかすき、探すとがおおごとちゃ」(いつもなくすから探すのが大変よ)という感じです。過失でなくなったというニュアンスが含まれています。
「かたる」は「参加する」、鬼ごっこに「かたる人〜!!」と呼びかけたりします。これも県外の人には通じません。個人的な意見ですが、この言葉が通じないことで「仲間外れにされた」と勘違いされた経験があります。
「はらかく」は「怒る」、腹を立てるという意味で、「でたん彼女がはらかいちょった」(ものすごく彼女が怒っていた)のように使います。「でたん」は「めちゃくちゃ」の意味。この2つが組み合わさると強烈な怒りが伝わってきます。
ちなみに「ぱける」は「壊れる」という意味で、主に田川方面で使われます。地域差も面白いです。
筑豊弁は「怖い」「汚い」って本当?
ネットで筑豊弁を調べると「怖い」「汚い」という声を見かけることがあります。地元民としてはちょっと悲しい気持ちになりますが、なぜそう言われるのか考えてみました。
おそらく、「くらす」(殴る)とか「きさん」(貴様)のような、ちょっと強めの言葉が印象に残りやすいのでしょう。確かに怒った口調で「きさん、くらすぞ!」などと言われたら、県外の人はちょっとビビるかもしれません。ヤンキーっぽい響きがあるのは否定できないかもしれません。実際に筑豊で暮らしている人たちが日常的にそんな言葉ばかり使っているわけではありません。普通に「ありがとう」「ごめんね」と言いますし、優しい人が多いのです。言葉の一部だけ切り取られて、イメージが先行してしまっているような気もします。
「〜ちゃ」という語尾も、使い方次第ではラムちゃんみたいで可愛いいと言われます。「ねぇ聞いてちゃ」とか、女性が使うと柔らかくて愛らしい印象になります。おっとりした口調で話せば、全く怖くありません。むしろ親しみやすさがあるのではと思います。それと、筑豊弁のアクセントは標準語に近いので、訛りがきついわけでもないのです。語彙さえ理解できれば、案外聞き取りやすい方言だと思います。
日常で使える筑豊弁フレーズ
せっかくなので、日常会話で使える筑豊弁をいくつか紹介します。
「ばっさうまい!」は「とても美味しい!」の意味です。食事の時に使えます。「ばっさ」は「とても」という意味で、「でたん」「ばさらか」も同じニュアンスです。
「しゃっちがめんどくさいこと言う」は「しょっちゅう面倒なことを言う」という意味です。「しゃっちが」はわざわざ・しょっちゅうという意味で使われます。
「なんかなし食べてみてん」は「とりあえず食べてみて」です。「なんかなし」は「とりあえず・なんとなく」の意味で、けっこう便利な言葉なのです。
「こちょぐる」は「くすぐる」です。「脇腹をこちょぐられてたまらんかった」(脇腹をくすぐられて我慢できなかった)みたいに使います。これは、子どもと遊ぶ時によく使う言葉です。
「めいぼができた」は「ものもらいができた」です。目にイボだから「めいぼ」です。これも方言だと知らずに使っている地元民が多いです。実際に使ってみると、筑豊の人たちとの距離がぐっと縮まるかもしれません。
筑豊弁の奥深さを味わってみては
筑豊弁は地域によって微妙に異なり、語尾や語彙に独特の個性があります。怖いと言われることもありますが、実際には温かみのある方言なのです。「〜ちゃ」「〜き」「〜ばい」という語尾、「おらぶ」「かたる」「のうならかす」といった独自の言葉。これらを知ると、筑豊という土地の歴史や文化が見えてくる気がします。方言は、その地域で暮らす人たちの生活そのものです。機会があれば、実際に筑豊を訪れて、地元の人たちの言葉に耳を傾けてみてください。きっと新しい発見があるはずです。

